城間松明

31 12月, 2013 (15:32) | hatagashira | By: エイジ

1.旗頭全長 7.5m
2.旗頭全幅 1.3m
3.旗頭重量 35kg
4.灯籠デザイン 団扇・鶴・旭
5.旗字 陽飛
□浦添市城間松明の旗頭
城間は、浦添市のほぼ北西に位置しています。字城間を擁する浦添市は、東シナ海に面した最も立地条件の良い場所を、太平洋戦争時の1943年(昭和18)に日本軍によって没収され、住民を総動員して南飛行場が建設されました。しかし、一度も利用されること無く終戦を迎え、戦後はそのまま引き継がれるように米軍の軍用地として強制的に接収され、今日見るように面積約257ヘクタールを有する広大な牧港補給地区となっています。
「沖縄戦」前の城間集落は「キャンプ・キンザー」基地内にすっぽりうずもれてしまし、わずかに基地内の「青年毛」跡や「亀甲墓」、「カーミージー」「ミツジ」などの海岸線にそのおもかげをみることができます。1947年(昭和22)から軍道1号線(現在の国道58号線)の東側に新たな集落の建設を開始し、一部、屋富祖の畑地を割り当て地として住宅化し、発展してきました。
綱引き行事は沖縄全域で行われる民族行事です。城間の大綱引きは戦前盛んに行われていたそうです。前村渠、後村渠にわかれて行われる松明(テービー)綱引きは城間集落を二分してしまいかねないほどたいへんな熱のいれようだったようです。戦いが終わっても興奮はおさまらず、喧嘩に発展してしまうこともあったそうです。そのせいか一時、子供綱だけになっていました。
戦後は長い間復元の機会に恵まれませんでしたが、1992年(平成4年)浦添商工会議所・サンパークてだこ通り会主催、浦添市・城間自治会共催による事業として復活し、1994年(平成6)度から字城間実行委員会形式にかわり、1997年(平成9)度から城間松明(テービー)大綱引保存会に引き継がれ、現在に至っています。
祭りを盛んに盛り上げる旗頭は、浦添商工会議所、サンパーク通り会から寄贈されたもので老朽化が進んだことから、平成11年10月から城間独自の旗頭が制作され平成12年5月に完成しました。自治会独自のものとしては第1号となります。
今回、全島旗頭フェスティバルに参加する旗頭は前村渠1番旗で、トゥールーを浦添市のシンボルでもある太陽(ティーダ)をかたどりました。戦前、前村渠の人々は、松の木の下で綱引きの綱を作ったということから、サンマーには松の枝が描かれてあります。旗名は、「太陽の下を元気よく飛び跳ねる」という願いを込めて、「陽飛」としました。